ましおの生活観

ましおの生活の中のアレコレを書くだけのやつ。

改めて考えたい、「言葉にすること」の価値

どうも、お久しぶりのましおです。

 

個人的に、(通信課程の教職を放ったらかしで)んで一スタッフとして、めちゃくちゃ頑張り、そして楽しんだ夢フェス17ってイベントが終わりました。

※夢フェスとは、00年から続く「夢」をテーマに全国各地18〜30歳くらいがそれなりの数の人が集まって語り、遊ぶイベント

 

そんな中で、参加者の人から色んな意見をもらったり、ありがとうを伝えられたりして、言葉にすることの価値に、改めて出逢いました。

 

だから、またツラツラとくだらないことを記すましおのブログを再開しようと思います。

 

夢フェスで気付いた「言葉にすること」の価値3つほど

f:id:mashio0376:20170921224723j:image

 

①感情の整理になる。

僕らは日々、色んなことを感じながら生きている。その中で、なんとも言えない気持ちになることもある。嬉しいや、悲しいや、好きや嫌い、声にならない気持ちになることも。それを、噛み砕いて自分で理解するためには言葉が必要なんじゃないかと。

あぁ、こんなに好きだったんだ…なんて言葉は、至極ですね。あのとき、わからなかった気持ちがスーッと抜けて行く感じがたまらなく文学的。

 

②感動を共有できる。

感動は、自分の中にしまっておけばいいかもしれない。 でも、それを共有して共感してもらったとき、堪らなく泣けてしまう。夢フェスでもなんでも、頑張ってきたことに誇りを持たせてくれるのは、誰かのありがとうだったりする。夢フェス17のEDでも、まぁ泣いてしまった。言葉が届けてくれるのはきっと、言葉以上のものであり、それはきっと生きてる歓びを感じるために大事な感動なんじゃないかなぁ。

 

③なんだか、素敵なのだ。

言葉にするのは、なんだか「いい感じ」がする。手紙でも、LINEでも、電話でもいいんだが、自分で思ってるだけより、言葉にするのは、なんだか「いい感じ」がする。素敵な感じがする。彩りにあふれた言葉の中で暮らすのは、とても気持ちがいいと思っている。ボキャブラリーが豊富だと尚のこと。

 

 

まとめ

言葉にするのは、総じて良いことが多いかと。たまには、言葉にならないことの方がいい時もあるけど、それは非日常の話。

日常を豊かにするためには、言葉をたくさん使いたい。

そして、ボキャブラリーを増やす作業は創造的でおもしろい。と思っている。

 

日常がつまらないなぁ〜〜なんてときは、是非みんなにも「素敵な言葉」を探して使ってみてほしい。

そして、それを誰かと共有して嬉しいや楽しい、悲しいみたいな形容詞を感じてみてほしい。

 

 

と考えた。

 

 

ほな(´∀`)